なぜ人は、期待したものに失望してしまうのか

「 こんなはずじゃなかった 」と感じることはありませんか?

新しい仕事を始めるとき。

好きな人と付き合い始めるとき。

人生が少し動き出すようなタイミングで、私たちは自然と期待を抱きます。

「 きっと今よりよくなるはず 」

「 これで安心できるかもしれない 」

「 ここから新しい毎日が始まるかもしれない 」

そんな希望があるから、人は前に進むことができます。

期待すること自体は、とても自然なことです。

けれど、時間が経つにつれて、思い描いていた未来と現実との間に少しずつズレが生まれることがあります。

思ったほど満たされない。

思ったほど安心できない。

最初は小さな違和感だったものが、いつの間にか不満になり、

「 こんなはずじゃなかった 」

「 がんばってきたのに 」

そんな気持ちに変わっていくことがあります。

そして、気づけば失望だけが残っている。

そんな経験をしたことがある人も少なくないと思います。

でも、その失望は、本当に期待したことが間違いだったから起きたのでしょうか

もしかすると、期待と現実の間にある流れ が見えなくなっていただけなのかもしれません。

もくじ

私たちは「結果」だけを見ると苦しくなりやすい

社会人になると、

「 がんばれば報われる 」

「 大切な人とは分かり合える 」

「 安定したら安心できる 」

そんな理想を持つことがあります。

でも実際の人生には、

  • 仕事の忙しさや疲れ
  • 価値観の違い
  • お互いの育ってきた環境
  • 言葉にできなかった思い

こういった、さまざまなものが重なっています。

理想と現実の間には、本当はたくさんの流れがあります。

ところが、余裕がなくなると、人はその流れを見ることが難しくなります

すると、

「 がんばったのに 」

「 なんで分かってくれないの?」

「 こんな人じゃなかった 」

というように、期待と結果だけを比べる ようになっていきます。

そして、失望がどんどん大きくなっていくことがあります。

当たり前と失望の間にも、たくさんの積み重ねがある

人は慣れていく生き物です。

最初はありがたいと思っていたことも、少しずつ当たり前になっていきます。

  • 一緒にいてくれること
  • 支えてくれる人がいること
  • 健康でいられること
  • 働けること
  • 穏やかな日常が続くこと

そうしたものは、なくなったときに初めて大切さに気づくことも少なくありません

当たり前と失望の間にも、本当は流れが存在しています。

その間には、たくさんの時間や優しさ、見えない努力や支えがある。

その 流れ が見えるようになると、同じ現実でも受け取り方は少し変わっていきます

苦しさを大きくしているのは、失われた「 間 」なのかもしれない

人生には、思い通りにならないことがあります。

人間関係がこじれることもあるだろうし、期待していた結果にならないこともあるでしょう。

それでも、

「 こうなるまでには、どんな流れがあったんだろう 」と見ていくと、

誰かを責めることとも、自分を責めることとも違う、

「 理解 」という場所に近づいていきます。

すると、

「 全部間違いだった 」ではなく、

いろいろな出来事が重なっていたんだな

という見え方が生まれてきます。

研究のまとめ

私たちは、

  • 期待と現実
  • 理想と現実
  • 当たり前と失望

そんな 結果 だけを見てしまうと、苦しくなりやすくなります。

でも、本当の人生は結果だけでできているわけではありません

その間には、

  • 時間 があります
  • 積み重ね があります
  • 見えない努力 があります
  • それぞれの事情や思い があります

もしかすると
人生を変えるために必要なのは
もっとがんばることでも
誰かを責めることでもないのかもしれません

失われていた「 間 」をもう一度見つけていくこと。

「 そうなるまでの流れがあったんだな 」

と見ること。

そこから、少しずつ見える景色は変わっていくのだと思います。

もくじ