なぜ人は限界や絶望を感じるのか

人は苦しくなると、答えを探します。

どうしたらいいのだろう。

何を変えればいいのだろう。

何が間違っているのだろう。

私自身も長い間、そんなふうに考えていました。

でも研究を続ける中で、少し違う見方をするようになりました。

苦しさの中で必要なのは、答えを探すことより先に、自分の今の状況を確認することなのかもしれない。

地図を見る前に現在地を確認するように。

心にも、自分が今どこにいるのかを知るための視点が必要なのだと思います。

もくじ

人は「先が見えない」と絶望しやすい

例えば、山道を歩いているとします。

目の前には急な坂があります。

足も重い。
息も上がる。

しんどい。

でも、

「あと少しで頂上ですよ」

と分かっていたらどうでしょう。

苦しくても歩けることがあります。

一方で、

どこまで続くのか分からない。

今どこにいるのか分からない。

進んでいるのかも分からない。

そんな状態だと、人は不安になります。

そして絶望しやすくなります。

心も同じです。

最近しんどい。

でも、

なぜしんどいのか分からない。

いつからなのか分からない。

どうしてこうなったのか分からない。

どうしたらいいのか分からない。

すると、

「もうダメだ」

という感覚が強くなります。

文脈が見えると意味が変わる

私はこれを、

「 文脈が見えなくなった状態 」だと考えています。

文脈とは、

出来事の前後にある流れ です。

最近しんどい。

「 その前に何がありましたか? 」

  • がんばりすぎていませんでしたか?
  • 我慢を続けていませんでしたか?
  • 大きな挑戦をしていませんでしたか?
  • 大切な人との別れはありませんでしたか?
  • 逆に、とても嬉しい出来事はありませんでしたか?

人の神経は、

苦しいときだけ揺れるわけではありません。

良いことがあったときも揺れます。

環境が変わったときも揺れます。

がんばったあとも揺れます。

このとき、そこにある「 流れ 」が見えていると、

見え方が変わります。

  • 自分が弱いからじゃなかった
  • ちゃんと理由があったんだ
  • 今はそういう時期なんだな

すると不思議なことに、

問題が消えていなくても安心が生まれます。

見る、わかる、扱える

心の仕組み研究所では、

観察 → 理解 → 安心

という流れを大切にしています。

まず見る。

次にわかる。

そして扱えるようになる。

人は見えていないものを扱えません。

見えるようになると理解できます。

理解できると選べるようになります。

  • 休むのか
  • 放っておくのか
  • 相談するのか
  • 続けるのか
  • やめるのか

自分で選べるようになる。

それが 主体性 です。

文脈を見るとは、自分の流れを取り戻すこと

限界や絶望を感じにくくなる人は、

特別に強い人ではありません。

失敗しない人でもありません。

苦しまない人でもありません。

ただ、

自分の流れを理解している人です

迷うことはある。

転ぶこともある。

遠回りすることもある。

でも、

自分がどこから来て、

なぜそうなって、

どうすれば戻れるのかを知っている。

だから 絶望に飲み込まれにくい

文脈を見るとは、

正解を探すことではありません。

自分の流れを取り戻すこと です。

そして、

自分の流れが見えるようになると、

人は少しずつ安心して歩けるようになります。

まとめ

人は苦しいとき、つい答えを探したくなります。

どうすればいいのか。
何を変えればいいのか。
何が間違っているのか。

でも、その前に大切なことがあります。

それは、自分が今どこにいるのかを知ることです。

心の状態も、人間関係も、仕事も、子育ても、すべて流れの中で起きています。

その流れが見えなくなると、人は不安になりやすくなります。
そして、限界や絶望を感じやすくなります。

反対に、文脈が見えるようになると、

「 なぜこうなったのか 」

が少しずつ理解できるようになります。

理解できるようになると、

「 どう扱おうか 」

を自分で選べるようになります。

見る。
わかる。
扱える。

大切なのは、間違えないことではありません。

迷ったときに戻れること。
苦しいときに現在地を確認できること。
そして、自分の流れを見失わないことです。

文脈を見るとは、正解を探すことではありません。

自分の流れを取り戻すこと。

その積み重ねが、安心して歩いていくための土台になっていくのだと思います。

もくじ