安心行動に必要なのは「 許可 」

今日はひとつ、面白いことに気づきました。

これまで私は、

安心リワード( 心を追い込む方向ではなく、神経が落ち着く習慣や行動のこと )というものを、

休むことだったり、

五感を使うことだったり、

自分をいたわることだったり、

そういう行動として説明することが多かったように思います。

もちろん、それは間違いではありません。

でも今日、

もう少し手前にあるものが見えた気がしました。

それは、

「自分の文脈( 心の流れ )を大事にしていい」

という許可です。


例えば、

疲れている。

本当は休みたい。

でも休めない。

そんなとき、

休む方法を知っていても、

なかなか休めないことがあります。

なぜなら、

「 休むことそのもの 」に抵抗があるからです。


もっとがんばったほうがいいんじゃないか。

まだできるんじゃないか。

ここで休んだら迷惑なんじゃないか。

甘えているだけなんじゃないか。

そんな声が立ち上がることがあります。

すると、

休む方法を知っていても、

心のどこかでブレーキがかかります。


逆に、

今日は本当に疲れているな。

今の自分はこういう状態なんだな。

そう思えたときは、

不思議と自然に休めたりします。

そこには、

「休んでいい」

という許可があります。


安心リワードも、

もしかすると同じなのかもしれません。

五感を使うこと。

散歩すること。

ぼーっとすること。

好きな飲み物を飲むこと。

そういう行動が安心につながるのではなく、

その前に、

自分の状態や文脈を大事にしていいという「 許可 」があるから、

安心につながるのかもしれない。

そんなことを考えていました。


まだ研究途中です。

でも最近、

安心というのは何かを足すことではなく、

まず自分の文脈を無視しなくていいと思えることから始まるのではないか。

そんな気がしています。

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