なぜ私はピクニックライフを思いついたのか

Cozy Life Lab.の活動を始めるよりも前から、私は「ピクニックライフ」という言葉を使っていました。

最近になって振り返ると、この言葉の中には今の活動につながる考え方がたくさん詰まっていたように思います。

当時はワープ脳という言葉も、文脈脳という言葉もありませんでした。

安心リワードも、観察心理学もありませんでした。

それでも私はずっと、同じようなことを考えていました。

どうしたら人はもっと自然に生きられるのだろう。

どうしたら心から楽しさを感じる気持ちを取り戻せるのだろう。

そんなことを考えていたら、いつの間にか「ピクニックライフ」という言葉が生まれていました。

今思うと、これは後の文脈脳の原型だったのかもしれません。

もくじ

私が感じていた違和感

当時、私は元夫や娘の翠楽を見ながら、ある違和感を感じていました。

二人ともかなりのがんばり屋でした。

  • 目標を決める
  • 努力する
  • 結果を出そうとする

そんな姿をたくさん見てきました。

そして周囲を見ても、同じような人がたくさんいました。

みんな真面目で、一生懸命でした。

でも、どこか 苦しそ うでした。

  • 何かを達成しても、すぐ次へ向かう
  • 休んでいても落ち着かない
  • 楽しんでいるはずなのに、どこか緊張している

まるで人生を、短距離走のように全力で走り続ける、アスリート のような生き方のように見えました。

もちろん努力が悪いわけではありません。

ただ、人生はがんばる以外にも、大切なことがあるんじゃないかな、と思いました。

私が提案したかったのは自然を楽しむことではなかった

「 ピクニックライフ」という考えを大切にしています、と伝えると
「 自然が好きなの? 」と言われることがあります。

もちろん自然は大好きです。
でも私が伝えたかったのは、自然そのものではありませんでした。

本当に伝えたかったのは、

もっと気軽に周りの景色を楽しんでもいい

ということでした。

当時、私が考えていた「 ピクニック 」はとても身近なものでした。

  • 近所の公園へ行く
  • お気に入りのパン屋さんでパンを買う
  • 好きなチーズやフルーツを持っていく
  • スープだけ手作りする
  • お気に入りの布を敷く
  • 紙コップじゃなくてグラスを持っていく

全部をがんばらなくていい。
ほんの少しだけ「 楽しみ 」を足してみる。
そんなものでした。

遠くへ行く必要もありません。

特別なイベントである必要もありません。

私はただ、日常に少しだけ「 参加 」している時間を作りたかったのです。

当時は言葉になっていなかった

今ならわかりますが、私は「 結果 」ではなく「 体験 」を大切にしたかったのだと思います。

「 ワープ脳 」という言葉はまだありませんでしたが、私が感じていた違和感はそこにつながっています。

人は急いでいる時、結果ばかりを見やすくなります。

  • 何を達成したか
  • どれだけ進んだか
  • どんな成果を出したか

もちろんそれは大切かもしれません。

でもそのなかで見える 景色感じる空気 に、気づきにくくなることがあります。

私はそれがもったいないと思っていました。

だから 近所の公園でお弁当を食べること にも価値を感じていたのです。

後から気づいたこと

最近になって、あることに気づきました。

ピクニックライフは趣味ではなかったのです。

暮らしの提案でもありませんでした。

私は無意識のうちに、

人はどうしたら自然に視野が広がるのか

を研究していたのだと思います。

景色が変わると気持ちが変わる

  • 空を見上げると呼吸が深くなる
  • 好きな器を使うと食事が豊かになる
  • ちょっと外へ出るだけで世界が変わる

そんな小さな変化を観察し続けていました。

そして今のCozy Life Lab .につながる考え方も、すでにその中に入っていました。

当時の私は、理論を作ろうとしていたわけではありません。

ただ、「 もっと自然に生きられないかな 」と思っていました。

「 もっと肩の力を抜いて暮らせないかな 」と思っていました。

その思いから生まれたのが ピクニックライフ でした。

そして今振り返ると、その小さな発想の中に、後のワープ脳や文脈脳につながる種がたくさん入っていたように思います。

だから私にとってピクニックライフは、ただの言葉ではありません。

Cozy Life Lab.が生まれるずっと前から始まっていた、小さな研究の原点 なんです。

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