この記事は、心理学や医学の理論を説明するものではありません。
その人自身の症状や状態を断定するためのものでもありません。
これは、私自身が長年の観察の中で感じてきたことを整理した、研究記録です。
人は何を見て生きているのだろう。
何が見えていて、何が見えていないのだろう。
その違いによって、人生はどう変わるのだろう。
そんなことを考え続ける中で、何度も行き着いてきた感覚があります。
💡 この記事のコアメッセージ
「見えないものは、存在しないのと同じになる」
27歳の頃、夫に伝えた言葉
結婚したばかりの27歳のころ、夫に伝えた言葉があります。
「 あると認識しないと、ないのと同じになるんだよ 」
なぜ私が彼にそういうことを伝えた理由には、背景の文脈があります。
まだ付き合っていたときの彼は、私のやることに、いつも感謝してくれていました。
相手の労力がちゃんとわかっていて感謝を言葉にできる、とても素敵な人だな、と思っていたんです。
でも、一緒に暮らし始めてから、だんだん彼は変わっていきました。
ご飯を作っても、家のことをしても、彼はまるで何も感じていないかのような態度になっていったんです。
まるでそれらの家事のすべてが、全自動で行われているかのように。
妻の優しさ・労力などという事実 が、彼の目の前から消えているな、と感じました。
これは決して、「 妻にいつも感謝していろ 」ということではありません。
彼の視界から、私が消えていく感覚。
そこに違和感を感じ、このままいくと 2人の関係性がゆがんでくる、という危険性を感じたからです。
今だったらもうすこし、上手な言葉で伝えることはできるかもしれません。
でも、まだ若かった新婚当時の私には、今のような理論など知るわけがありません。
でも感覚的にわかっていたことがありました。
人は認識していないものを扱えない。
存在していても、認識されなければ存在しないのと同じになってしまう。
そんなことを感じていたのです。
結局彼とは、結婚20年で離婚しましたが、背景にあったのは、その「 視点 」の違い だということを、研究を通じて知ることができました。
きっと多くの方が、こんな悩みを感じたことがあるのではないか、と思います。
そのテーマについては、今後も他の研究記録のなかで、語っていきたいと思っています。
誰のせいでもなく、仕組みと流れで思わぬ結果につながる、ということを知ることができた、大切な経験です。
家族は空気になる
家族になると、不思議なことが起きます。
最初は見えていたものが、見えなくなっていく。
最初はありがたかったのに、いつの間にか当たり前になるもの
- 一緒にいてくれること
- 働いてくれること
- 話を聞いてくれること
- 支えてくれること
- 優しくしてくれること
空気のような存在になること自体は、悪いことではありません。安心している証拠でもあります。
でもそこには、落とし穴があります。
認識しなくなること。
そして、認識できなくなること。
相手の優しさには「文脈」がある
「 優しさ 」って、努力でもあるんですよね。
仲良くなりたい。関係を深めたい。
そう思う相手に対しては、その努力に対するありがたさが認識しやすいものです。
でも、相手との関係が深まって安心が増えていくと、反比例するようにそれらを感じ取るのが難しくなっていく気がしました。
相手の行動の背景にある努力や想いに、だんだん鈍くなっていく。
そして、安心できる相手との関係の中ほど、すれ違いや衝突が増える。
優しさは突然生まれるものではありません。
優しさの背景にある、たくさんの選択
- 待つ
- 考える
- 気を遣う
- 飲み込む
- 配慮する
- 相手を尊重する
つまり、優しさには 文脈 があります。
でも 認識しなければ、その文脈は消えます。
すると優しさは、最初から存在していなかったもの のようになってしまうのです。
いつも人に気遣っている人ほど、実は疲れている、ということがあります。
なので、心から安心している相手には、その努力を休みたい、と感じる流れができるのは、とても自然なことです。
でも、だからこそ、安心できる相手ほど、意識して相手の優しさの中にある文脈を認識する作業が、とても大事になってくるんですね。
人は認識した世界を生きている
私たちは、現実そのものを生きているわけではありません。
認識した現実を生きています。
同じ出来事を経験しても——
- 受け取り方が違う
- 感じ方が違う
- 記憶の残り方が違う
それは、見えているものが違うから です。
人は 見えている範囲 の中で判断し、見えている範囲 の中で最善を尽くします。
だから、目の前に存在しているのに見えなくなるものが生まれます。
それは、見えているものが違う からです。
見えなくなるのは愛情だけではない
この話は、人間関係だけに起きることではありません。
自分自身にも、同じことが起きます。
本当は存在しているのに、見えなくなりやすいもの
- 積み上げてきた努力
- できるようになったこと
- 乗り越えてきた経験
- 成長してきた過程
これらは本当に存在しています。でも 認識しなければ、ないのと同じ になってしまうもの。
私はこれが、インポスター症候群 や 自己否定 の背景のひとつにもなっているように感じています。
結果だけを見て、文脈が見えなくなる。
すると、自分の価値 まで見えなくなってしまうのです。
「 感謝 」は「 認識 」によって生まれる
私は「 感謝とは何だろう 」と考えることがあります。
感謝とは、礼儀として「 するべきもの 」と扱われがちですが、それだけではない気がしています。
感謝が生まれるために必要なのは「 認識 」なんだと思います。
- 相手がしてくれたことを認識する
- 相手の背景を認識する
- 相手の努力を認識する
その文脈が見えたとき、自然と感謝が生まれます。
「 感謝しよう 」とがんばるのではなく、「 見えるようになること 」で感謝は生まれるのかもしれません。
心の仕組み研究所で大切にしていること
研究所では、心を直そうとする前に、まず観察します。
「 今、何が見えているだろう。そして何が見えなくなっているだろう。 」
人は わからないもの に 不安 を感じます。
でも、仕組みが見える と 安心 しやすくなります。
心の仕組み研究所 のアプローチ
- 観察する――今、何が見えているか/見えていないかを確認する
- 理解する――なぜそう見えているのか、仕組みを知る
- 安心する――わかることで、不安が手放しやすくなる
まとめ
人は存在しないことで苦しむことがあります。
でも実際には、存在しているのに見えなくなっている だけのことも多い。
見えなくなりやすいもの
- 愛情・優しさ
- 努力・成長
- 余力・可能性
- そして、自分自身
それらは消えたのではありません。見えなくなっただけかもしれません。
だから私は今日も自分に問いかけます。
今、何が見えているだろう。そして、何が見えなくなっているだろう。
もしかすると 安心 は、その問いから始まるのかもしれません。
