努力して、結果も出ているのに不安が減らない。
そう感じること、ありませんか?
安心したいから、気をつける。
それなのに、いつの間にかまたすぐに苦しくなっている。
もしかするとそれは、努力が足りないのではなく、がんばるほど安心から遠ざかってしまう流れ があるのかもしれません。
今回は、その流れについて書いていきます。
最初は、ただ安心したかっただけ
がんばっているのに楽にならないとき、最初にあるのは、だいたい「 安心したい 」という気持ちです。
- もう同じことで疲れたくない
- また不安になりたくない
- 誰かとの関係をこじらせたくない
だから、次はもう少しちゃんとしようと思う。
前にしんどくなったことがあると、同じような場面で自然に思い出して少し気を張ります。
今度は同じように困りたくない。
そう思うほど、言葉を選ぶときに慎重になったり、相手の表情が気になったりします。
それは悪いことではなく、むしろ自分なりに工夫しているのだと思います。
ただ、この「 ちゃんとしよう 」とする緊張感が強くなるほど、自分の疲れに気づくタイミングが少し遅れることがあります。
- その場では、相手を見ている
- 会話を整えている
- 変な感じにならないように、自然と気を配っている
そうしているうちに、自分が今どれくらい疲れているのか ということに、気づきにくくなっていきます。
そしてあとから、どっと疲れが出る。
ここでまた思います。
次は、もっとちゃんとしよう。
努力が、次の努力を呼んでしまう
この流れが続くと、努力が終わらなくなっていきます。
がんばったのに疲れた
↓
だから、次はもっと気をつける
↓
もっと気をつけるから、さらに神経を使う
↓
神経を使うから、また疲れる
本人としては、楽になりたいだけ です。
でも、安心するために増やした工夫が、いつの間にか 自分を見張る動き に変わっていくことがあります。
- ちゃんとできているか
- 間違っていないか
- 相手に悪く思われていないか
そこを見続けていると、心は休まりにくくなります。
努力しているのに、また努力が必要になる。
がんばっているのに、楽になる場所へなかなか着かない。
その状態はまるで、エンドレス努力 という感じです。
ここで苦しいのは、がんばっていないからではありません。
むしろ、安心したくて必死にがんばっている。
それなのに、がんばる方向が「 自分を助ける 」よりも「 自分を見張る 」ほうへ傾いてしまう。
だから、楽になりたいのに楽にならない流れ が生まれていきます。
休もうとしても、休むことまでがんばってしまう
疲れがたまってくると、人は休もうとします。
- 今日は早く寝よう
- 予定を減らそう
- ちゃんと整えよう
ここでも、最初にあるのは自分を助けたい気持ち です。
でも、しんどさが続いていると、休むことにも少し力が入ります。
- 横になっているのに、頭のどこかで「 明日までに回復しなきゃ 」と考えている
- 何もしない時間を作ったはずなのに、「 これで本当に休めているのかな 」と気になってくる
- 休むための時間なのに、休めているかどうかを確認し続けてしまう
そうなると、体は止まっていても、心はまだ働いています。
そして、休んだはずなのに疲れが抜けないと、また不安になります。
休み方が悪いのかな。
もっと別の方法を試したほうがいいのかな。
こうして、不調をどうにかしたい気持ち が、また 次の努力 につながっていきます。
不調を減らしたいのに、不調のことを見続けてしまう。
休みたいのに、休むことまでちゃんとしようとしてしまう。
この状態もまた、終わりのない エンドレス不調 のように感じられることがあります。
不安を減らしたいのに、不安から離れられない
不安も同じような流れを作ります。
不安があると、安心できる材料 を探したくなります。
- 大丈夫だと思える理由がほしい
- 間違っていないと確認したい
- 先に分かっていれば、傷つかずに済む気がする
だから考える。
少し考えて、少し安心する。
でも、しばらくするとまた気になることが出てくる。
最初は、不安を減らすために考えていたはずです。
けれど、不安を消そうとして何度も見ているうちに、かえって不安の輪郭がはっきりしてくる ことがあります。
大丈夫かどうかを確認しているつもりが、いつの間にか 不安のまわりをずっと歩いている。
ここでまた、自分を責めたくなります。
どうしてこんなに考えてしまうのだろう。
どうして安心できないのだろう。
でも、それは意志が弱いせいではありません。
安心したくて不安を見ていた。
けれど、不安を見続けるほど、安心よりも不安の存在が大きくなっていった。
そういう流れが起きているのかもしれません。
努力 が終わらない。
不調 も終わらない。
不安 も終わらない。
このように、終わりのないネガティブな状況が続くように感じるとき、心の中では似た流れが回っていることがあります。
足りなかったのは、努力ではないのかもしれない
がんばっているのに楽にならないとき、つい「 もっとがんばらなきゃ 」と思ってしまいます。
でも、本当に足りなかったのは努力なのでしょうか。
もしかすると、すでにたくさん力を使っていたのかもしれません。
- 相手の反応を見ていた
- 失敗しないように考えていた
- 休もうとして、回復できているかまで気にしていた
- 不安を減らしたくて、ずっと不安の周りを見ていた
こうしたことは、外からは見えにくいものです。
だから、自分でも「 何もしていないのに疲れている 」と感じてしまうことがあります。
でも実際には、安心したくて、ずっと何かを見続けていたのかもしれません。
ここが見えると、少し視点が変わります。
「 弱いから楽になれない 」のではなく、
「 安心したくてやっていたことが、かえって自分を疲れさせていたのかもしれない 」
そう見られるようになります。
もっとがんばる前に、流れを見る
心の仕組み研究所で大切にしているのは、すぐに自分を直そうとすることではありません。
まず、今起きている流れ を見ることです。
- 安心したくて、何を増やしていたのか
- 楽になりたくて、どこに力が入り続けていたのか
- 不安を減らしたくて、何を見続けていたのか
そこが少し見えるだけで、自分を責める力は弱まります。
そして、自分のなかにあった流れが見えてくると、次に同じような場面が来たとき、少し違う選び方ができるようになります。
- すぐに確認を増やす前に、今の疲れに気づく
- 休み方を責める前に、休むことまでがんばっていなかったかを見てみる
- 不安を消そうとする前に、不安を見続けている自分に気づく
大きく変えようとしなくても、まずはそういう 小さいことに気づく だけでいいのだと思います。
がんばっているのに楽にならないとき、必要なのは、さらに努力を足すことではないのかもしれません。
安心したい気持ちを責めずに、その気持ちがどこへ向かっていたのか を見る。
その小さな確認が、楽になるための入口になることがあります。
