朝から散歩がてら、家から歩いて30分ほどのところにあるおむすび屋さんへ行きました。
過去2回の九州旅でもお世話になった、お気に入りのお店です。
そこは、昔から続いている由緒あるお米屋さんが営んでいるおむすび屋さんです。
私は、そこの甘酒が大好きです。
この日は、甘酒とチーズ枝豆のおむすびをテイクアウトしました。
小川のほとりで味わう、九州の朝
買ったおむすびと甘酒を持って、小川のほとりにある公園のベンチへ向かいました。
青々とした柳の木が風に揺れていて、とても気持ちの良い場所でした。
おいしいおむすびと甘酒を味わいながら、風に吹かれてゆっくり過ごす。
ただそれだけの時間なのに、体の奥から満たされるような心地よさがありました。
やっぱり九州の時間は最高だなあと、しみじみ噛みしめていました。
パン屋さんは定休日。でも、隣の和菓子屋さんへ
帰る途中にあるパン屋さんに寄って、お昼を済ませようと思っていました。
ところが、残念ながら定休日でした。
でも、そのすぐ隣にある和菓子屋さんで、ゆっくり過ごせることがわかりました。
箱庭のようなきれいな日本庭園を眺めながらお抹茶をいただき、そこで研究記録を5つ一気に仕上げました。
予定していた場所に入れなくても、すぐ隣に別の居場所がある。
こういう流れの変化も、旅先では面白いものです。
研究記録を書くスピードが変わってきた
最近、研究記録を書くスピードがとても速くなってきました。
それが、なんだか楽しくなってきています。
昔の私だったら、やりたいことが頭の中にぎゅうぎゅうに詰まっていて、どこから手をつけていいのか分からず、途方に暮れていたと思います。
でも今は、楽しいことがあったら、すぐに研究記録を書く。
そのペースが、自然に身についてきました。
これは、自分でもすごい変化だと思います。
やりたいことが多すぎて止まるのではなく、感じたことをそのまま記録にして流していく。
頭の中で抱え込むのではなく、外に出して形にしていく。
この動きができるようになったことで、研究がどんどん進みやすくなっています。
初めて来た九州と、3回目の九州
九州に来て、しみじみ思うことがあります。
それは、初めて来たときの不安感と、3回目の今の安心感と自信の違いです。
初めて九州に来たときは、「 こんなにゆっくりしていていいのかな 」「 これから先、私は大丈夫なのかな 」と、いろいろな種類の不安に包まれていました。
ただ旅をしているようで、心の中ではずっと怯えていたのだと思います。
でも今回、九州に来てから、そのときの私との違いをはっきり実感しています。
今の私は、のびのびしている。
安心している。
そして、いろいろなことを心から楽しめています。
同じお店でも、味わい方が変わっている
今回、初めて九州に来たときに訪れていた飲食店をいくつか回りました。
すると、どのお店に行っても、あのとき食べた以上に、心からおいしいと感じるのです。
これは、味が変わったというより、私の神経の状態が変わった のだと思います。
不安が強いときは、目の前のおいしさを十分に受け取れないことがあります。
体はそこにいても、心は先の不安を見ている。
味わっているようで、どこか緊張している。
でも今は、ちゃんとその場にいられる。
- おいしいものを、おいしいと感じられる
- 景色を見て、気持ちいいと感じられる
- 風を受けて、ゆるむことができる
これは、神経が落ち着いている証拠 なんだと思います。
不安なまま行動した先に、今の安心がある
今回の九州旅で強く感じたのは、不安なまま行動したことが、今の安心につながっている ということです。
初めて来たときは、不安がなくなってから動いたわけではありませんでした。
- 不安なまま来た
- 怖いまま過ごした
- 大丈夫かなと思いながら、それでも少しずつ歩いた
その経験があったから、3回目の今、九州という場所に安心感が育っている んだと思います。
安心は、最初からあるものではありません。
不安なまま通った道に、少しずつ積み重なっていくものなんだと思います。
九州の時間が、安心の記憶になっていく
おむすび屋さんまで歩いた朝。
小川のほとりで食べた甘酒とおむすび。
風に揺れる柳の木。
予定していたパン屋さんが定休日だったこと。
その隣の和菓子屋さんで、研究記録を一気に仕上げたこと。
どれも大きな出来事ではありません。
でも、こういう 小さな時間 が積み重なって、場所への安心感 になっていきます。
九州は、ただ訪れる場所ではなくなってきました。
不安だった自分が歩いた場所。
今の自分が安心して過ごせる場所。
そして、これからの自分がまた戻ってきたいと思える場所。
今回の朝の散歩は、その変化を静かに感じる時間になりました。
