最近、Cozy Life Lab .を作ってきた流れを振り返ることが多くなりました。
そこで気づいたんですが、経験してきた流れのなかのいろんなところに、まるで一本の線でつながっていたかのような不思議な「 つながり感 」があるんですよね。
結婚、子育て、リフォーム、離婚、物流センターでの仕事、ピクニックライフ、九州への旅、そしてAru・FOO・Fuga。
それぞれがつながっているなんて、考えたことありませんでした。
その時その時で必要なことを選び、
興味のあることをやり、
目の前の課題に向き合っていただけだと思っていました。
ところが最近になって振り返ると、それらはバラバラの出来事ではなかったようです。
もしかしたら私は、人生の中でずっと同じテーマを見続けていたのかもしれません。
今回はそんな研究記録です。
理論より先に、私はずっと観察していた
私は昔から、特別な理論を作ろうと思って生きていたわけではありません。
ただ、人より少し「なんでだろう?」と、いろんなことに疑問を感じることは多かったかもしれません。
- なぜ同じ出来事でも人によって反応が違うのか
- なぜ優しい人ほど疲れやすいのか
- なぜ楽になろうとがんばっているのに苦しくなるのか
- なぜ人は自分らしく生きたいと思いながら、その反対の方向へ進んでしまうのか
そんなことを考えながら、人を見たり、自分の内面を観察したりしていました。
当時は研究をしているつもりはなく、ただ気になることを眺めていただけだったんです。
でも今振り返ると、その頃から私はずっと同じような疑問を追いかけていたように思います。
ピクニックライフは理論より先に生まれていた
数年前から、私は「 ピクニックライフ 」という言葉を使い始めました。
当時の私は、今のようにワープ脳や文脈脳という言葉を持っていたわけではありません。
結婚していた当時、元夫や娘の翠楽を見ていて感じていたことがありました。
みんな、とてもがんばって生きている。
でも、どこかアスリートのように生きている。
もっと肩の力を抜いてもいいんじゃないだろうか。
もっと景色を見ながら歩いてもいいんじゃないだろうか。
そんな感覚があったのです。
でもそれをただ言葉で伝えても、夢中でがんばっている人には届かない、と感じました。
そこで思いついたのがピクニックライフでした。
ピクニックって、どこでも気軽に楽しめるんですよね。
近所の公園へ行く。
お気に入りのパンを買う。
好きな器を持っていく。
ケンタッキーでもいい。
ちょっと外で食べるだけで気分が変わる。
そんなふうにして、人生も、考え方やちょっとした行動の工夫で楽しめるんじゃないか。と思ったんです。
今思うと、私がピクニックを思いついたのは、自然を楽しもうとしていたのではなく、日常への参加率 を上げようとしていたのかもしれません。
経験したことを心で楽しむことは、自分の人生を豊かにする大事な文脈(思い出や感覚の刺激、感情など)を育てます。
決して贅沢や無駄なことではないんです。
その頃は言葉になっていませんでしたが、後の文脈脳の考え方の原型が、すでにそこにありました。
子育ても同じ研究だった
当時中学生だった娘の勉強を見ていた時も、私は「どうしたら自然に学べるだろう」を考えていました。
そこで、一緒に楽しみながら、実験的にいろんな方法を試してみようと思ったんです。
- 百人一首は変なイラストを描いて覚えました。
- 理科は替え歌に。
- 英語は映画やアニメを字幕なしで英語音声で流しながら、親子で楽しみながら取り組んでいました。
私は勉強を教えようとしていたというよりも、どうしたら面白くなるだろう、どうしたら自然に頭に入るだろうを考えていたのです。
今振り返ると、これは教育の研究というより、「人はどうしたら、無理なく自然に学ぶのか」という研究でした。
そしてその視点は、今のCozy Life Lab .にもそのままつながっています。
リフォームも安心の研究だった
中古マンションを購入した時も同じでした。
予算は限られていましたが、その 制限の中で工夫すること が楽しかったんです。
壁紙を貼り、漆喰を塗り、ペンキで色を作り、照明を選ぶ。
部屋全体を少しずつ自分たちらしい空間に変えていきました。
当時は、自分はインテリアが好きだからだ夢中になっているんだと思っていました。
でも今振り返ると、私は「 安心できる環境 」を作ろうとしていたんだと思います。
人は環境の影響をとても受けます。
- 空間が変わると気分が変わる
- 景色が変わると感じ方が変わる
私はずっと、そんなことを体験的に研究していたみたいです。
離婚は終わりではなく始まりだった
47歳で離婚した時、私は正直とても不安でした。
引っ越しをして、起業の勉強を始めて、先の見えない生活に何度も泣きました。
でも不思議なことに、「 終わった 」とは思わなかったのです。
むしろ、
- ここで起きたことを研究しよう。
- いつか本にしよう。
- e-Learningにしよう。
そんなことを考えていました。
だから物流センターで働くことを選びました。
生活のためでもありましたが、それだけではありません。
人を研究したかった。
いろんな年齢や状況の人が集まる環境で、心や人間関係に何が起きるのかを見てみたかったんです。
今思えば、Cozy Life Lab .の種はこの頃に本格的に芽を出し始めたのかもしれません。
後から意味が立ち上がってきた
Aruも、FOOも、Fugaも、最初から今の意味を持っていたわけではありません。
- 音の響きが好きで名前を付けた。
- こんな活動をしたら楽しそう。
それが最初でした。
ところが理論を深めていくうちに、不思議なくらい意味が重なっていったのです。
Aruは、目の前に「ある」ことに気づく大切さ、についての研究になりました。
FOOは安心を取り戻す研究になりました。
Fugaは自由を取り戻す研究になりました。
最初に理論があったのではなく、先に体験があり、後から意味が見えてきたんです。
振り返ったら全部つながっていた
最近になってようやく見えてきたことがあります。
私はずっと、どうしたらが「 自由に自分らしい生き方を選べるのか 」ということを研究していたのだと思います。
ピクニックライフも。
子育ても。
リフォームも。
離婚も。
物流センターも。
旅も。
全部別々の出来事ではありませんでした。
同じ問いを、違う角度から観察していただけ だったみたいです。
人はどうしたら 自分の文脈を取り戻せるのか。
どうしたら自分らしく生きられるのか。
どうしたら まわりの景色を見ながら歩けるのか。
私はずっと、そのことを見続けていたようです。
人生は前を向いている時には意味がわからないことがあります。
これまでいろんな大変な経験もありました。
- なぜこんなことが起きるのだろう。
- なぜこんな道を選んだのだろう。
そう思うことも、確かにありました。
でも振り返ってみると、
「 ああ、ここにつながっていたのか 」
と見える瞬間があります。
最近の私にとっては、それが次々と起きています。
行き当たりばったりだったと思っていた出来事たちが、実は 一本の流れ だった。
そしてその流れの先に、Cozy Life Lab .がありました。
たぶん、これからもまだ新しいつながりが見つかるのでしょう。
それもまた、この研究の面白さなんだと思います。


